<収録作品>
ショコラと秘密は彼女に香る 織守きょうや 著
初恋ソーダ 坂井希久子 著
醸造学科の宇一くん 額賀澪 著
定食屋「雑」 原田ひ香 著
barきりんぐみ 柚木麻子 著
一番良かったのは柚木麻子の最終話「barきりんぐみ」
コロナ禍の保育園の保護者のオンライン飲み会
バーテンダーが主人公。オンライン飲み会で彼の出番はあるのか?客が彼の作った酒を飲めるわけではないのに?なんて思ったが、悪くない工夫がされていてこれならありだな、と思わせる。
主人公の造形がよく考えられていて、最後の大ネタにつながっている面白み。
そしてコロナ禍中の保育園の保護者の愚痴は、当時90歳を過ぎてちょっと疲れるとすぐ発熱してしまったりしていた父との暮らしのことを思い出した。そんな発熱でもピリピリし、仕事の日の見守りのヘルパーさんの手配など本当に綱渡り。亡くなってしまった今となっては、本当に切ないような気持ちで思い出す。ちょうどここに出てくる保育園の保護者も家族への愛情と責任の綱渡り感の中に生きていて、どうすれば?という行き暮れ感、何か起きた時、一番弱い部分が犠牲になる、という作中の言葉が本当に響く。
当時の自分は全くもって余裕のない季節で、オンライン飲み会というものにも参加する元気もないし、しけたらいやだな・・という感じだったと思うが、みんなの姿をバーテンダーと絡ませて浮かび上がせるこの作品は好感がもてた。
30代40代の人たちが既成概念にとらわれず協力の手立てを考える姿は、町内でも時々感じており、それに相通じる空気も。どうしても既成のあり方にとらわれているからなあ、自分は。
柚木さんは、ラジオで書評されているのをきいたことがあるが、吉川トリコの「夢で逢えたら」*1というテレビ業界で働く女性を主人公にした小説をほめておられ、それがもう気持ちよく既成概念を崩しにかかるものだったから、さすがあの小説をほめた柚木さん、なんて思いながら拝聴した。
他の作品も後ろから順に振り返ると
「定食屋 雑」も、正しすぎて息が詰まる人への軽い批判をこめた流れは気持ちいい。大げさな復讐という形でなく、気持ちの良い着地だし、良すぎる話に仕立て上げたりしてないのもいい塩梅。ただ気になったのは日活ロマンポルノとピンク映画の呼称をごちゃまぜにしてしまっているところ。そこは、ファンの方が峻別されているところに度々でくわしているもので、結構話の骨格にロマンポルノの作り手をもってきているからには、そこはちょっと神経を行き届かせてもらいたかったかなとも思った。
「醸造学科の宇一くん」は発酵に関するコミック「もやしもん」*2や農業高校のコミック「銀の匙」*3を思い出す青春小説。自分は10代でこんなに真面目に将来を考えていたかな・・下手すると60代にさしかかった今もどうだろか・・
「初恋ソーダ」はこそばいようなタイトルの割にパンチがあって面白かった。梅酒づくりを工夫している女性の話。
そして、冒頭の「ショコラと秘密は彼女に香る」 これはタイトルからしてちょっとくすぐったい。主人公も、おせっかいがすぎてちょっと眉をひそめつつのスタート。着地点は悪くない。ただなんか上品すぎてつきあいにくい感じかな。