興行師列伝

 

友人のかなさんが長谷川一夫の本*1のはなしをされていたとき、この本を思い出しおすすめしたら感想を送って下さる。自分も3年くらい前に読んでおすすめしたはずなのに何故か記録していない。かなさんの感想と一部再読した感想を載せておく。

 

かなさんの感想

 

 

本書と直接の関係はないが、評論家の渡辺保氏が亡くなった、合掌。

さて、本書は十二代守田勘弥から始まり小林一三で締めくくられる。明治から昭和にかけて興行に「組」の影は表裏一体の如くつきまとう。
互いに利益がある故に結びつき、時に利は「暴」という字に変わる。

どの人物がこのビジネスの中心になっても、必ず次世代あるいは別地域からライバルが出現し、過熱する勢力争いが手を変え品を変え続く。

前に長谷川一夫について読んでいたので、大谷竹次郎→永田雅一→小林一三の流れは復習のように流れを追った。愛憎が入り乱れ、しかも事業スケールも大きくなり、旧時代から動いてゆくダイナミズムを感じ取れる。小林についてはどうしても興行面よりビジネスとしての人材確保、組織経営に興味を引かれるのは、会社人としての性だろうか?

吉本せい、彼女に関しては朝ドラ「ブギウギ」を思い浮かべた(あのドラマの影響で国立アーカイブで高峰秀子&笠置シヅ子の映画を観た)。永田雅一・・私は野球と競馬のオーナーのイメージも相当強い。

 

 

 

感想をいただいて、吉本の章を読み返した。

この本を読んでから「花のれん」*2や「横堀川」*3など吉本せいの人生に絡めた作品も観てまだ覚えているので、通天閣の経営や安来節の誘致、大阪府議会議長辻阪信次郎の逮捕など映画の記憶と対照しながら読み、初回読んだ時よりさらに楽しめた。

愉しむのに教養を必要とする講談や落語よりも漫才の時代を作ったというようなことが書かれていたが石田民三の「化粧雪」*4に出てきた、寄席を圧迫するラジオから流れるエンタツアチャコの漫才というエピソードを思い出す。

東宝と松竹の代理戦争とも書かれていた吉本からごっそり芸人が松竹に引き抜かれた件、以前観ていた「お伊勢参り(旅籠屋騒動)」*5がちょうどその頃作られていたものだった。観たときの記事をみると山根貞男さんの解説の伴淳による引き抜きの話を書き写しているのに、自分はすっかり忘れ、再読したこの本に出てきた伴淳に改めて改めて驚いた。

 

そして、吉本せい、自分もずっと笠置シヅ子との関係でみていた。

息子のシヅ子との交際に反対した吉本せいのことを一方的に悪者認定、せいのモデルが主人公の朝ドラ「わろてんか」にも冷ややかな気持ちでいたが、この本の中では子どもが生まれてからの対面はイヤなものではなかったように書かれている。

 

「ブギウギ」では結局その辺どう描かれていたか検索して出てきたこの記事。

president.jp

 

自分の吉本せいへの気持ちとすごく重なってた。

そう、ええ話仕立ての「わろてんか」風でなく尾野真千子で情念ありきで!そのほうが面白いと思う。

 

蠅男の恐怖

 

蝿男の恐怖

蝿男の恐怖

  • アル・ヘディソン
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1958年 カート・ニューマン監督作品

随分前にリメイク版「ザ・フライ」を観ていて、ちょっと観比べようかなと鑑賞(「ザ・フライ」の方は大分忘れているのに。。)

リメイク版はジェフ・ゴールドブラムの個性も強く、徐々に蠅化していくのを見守る見世物的なところもあったように思うが、こちら、オリジナルはいきなり事件ありきで倒叙型ミステリー仕立て。

この年代のSF映画らしい夫婦愛、家族愛など安心して観ていられるし、それが皮肉な味にもなっている。蠅化してしまった研究者からみた妻の複眼的な映像。シリアスな場面なのに、蠅だけに!などと思ってしまった。

物質の伝送実験が高じて(分子レベルに分解してそれが再結合されて届く・・)動物でも実験を始める研究者。飼い猫で実験失敗して行方知らずになったり。。あとから事情をきいた妻の、科学の暴走への危惧はわたしが最近いつもAI絡みで感じているところと一致していた。

研究者の兄フランソワ役にヴィンセント・プライス。怪奇映画で有名・・とか読んだが、「上品な紳士」という感じだった。wikipedia*1には、料理研究家、美術蒐集家との顔も。マイケル・ジャクソンの「スリラー」の曲中ナレーションもされていたり、ティム・バートンの「ヴィンセント」という作品は彼にあこがれる少年の話で、プライス自身もナレーターとして声の出演もしているらしい。

原作者ジョルジュ・ランジュランはイギリス国籍のフランス語作家とのこと*2

モントリオール舞台になっていて、アンドレ、フランソワ、ガストンとフランス風の名前の登場人物。

最後の結末はちょっとファンタジーみたいな味付け。そこもちょっと好きだった。

日本人が夢見た満州という幻影 中国東北部の建築遺構を訪ねて

 

建築に興味があるなら、と薦めてもらった本。著者の船尾修さんが満州の近代建築を撮っておられるNHKのドキュメンタリーはみたことがあった。その時は「レトロ建築の番組」という認識で建物に注目してみていたように思う。

地名だけの知識だった大陸の土地土地を地図でみながら、そこの建築はとういう風になっているのか船尾さんの写真で体感することがてきる本。落ち着いた洒落た感じがする大連、満蒙開拓団の入植したソ連との国境寒冷地帯弥栄村の厳しさ、ユダヤ系ロシア人の芸術家が多く流れつき「極東のパリ」と呼ばれたハルピン、と、個別の違いが少しづつ頭に入った。日本が満州で神社を建て、精神まで支配しようとしていた、それが一番にずたずたにされていること、また日本が建てて中国流に改編されている建物など、日本にいたままではなかなか感じ取れない現地の思いが写真と文章で強く伝わった。なんでも現場に行ってみないとわからない、というのはスケールの大きな話でなくても久しぶりに会う義理の両親の生活の現実などで体感してきたところである。

戦後北朝鮮のものになった巨大ダム(水豊ダム)からの電力が当初の北朝鮮の発展に寄与した話など知らない歴史の断片に触れ、満州に関して今までより多様な視点を持ち始めた。自分の現在地点はまだまだ入り口のもっと前。でもここから少し進めたい気持ちになったし、満州に関わる方々のはなしも満州のどこというのでまた全然違うのだろうなと考えるようになった。

「浮草物語」再び

小津安二郎監督 1934年

家族と再鑑賞

中央線の奈良井が舞台ということをすっかり忘れていて前に奈良井を訪れた時のことを思い出しながらたのしんで鑑賞。今回は、一緒に行った家族も居たので「奈良井」ということに集中。鉄道の様子なども「あの路線だ!」感。

 

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2015年10月 奈良井宿にて撮影

 

 

前回*1はストーリー中心に観ていたが筋を知って観る今回は、余裕がでたのか画面デザインに目がいく。計算されたモノとひととの配置など。

そして、会話のたびに人物のアップの切り返しを使ったりするのもこの頃からなんだ。

よく映る芝居小屋の楽屋、後ろの壁画のようなものが可愛らしい。戦後の作品でも喫茶店の壁画に目を奪われたりするけれど、戦前から壁面なども凝っていたのだな。

戦後は独特の声で嫌味な演技に笑い、うならされる三井弘次、戦前の小津作品の中では「何もわかっていない若者」の役なんだなあ。(「非常線の女」*2でもそうだった。)

そして今回は坂本武も飯田蝶子もおじさんおばさん役ではあるけれどこのストーリーにふさわしくまだ若さがあるなと感じる。

飯田蝶子のほのかな女心をあらわすだるまさんのエピソードがかわいらしい。本当にほのかで。

あとXでご親戚の方のアカウントをみるようになってから注目するようになった八雲恵美子さん。親方の彼女役だった。この前に観た「東京の合唱」*3の元サラリーマン岡田時彦の妻役とは大違いの姐さんぶり。

まもなく9/26にこの作品の上映会があるようでXで告知をされていた。

 

 

自分の好きな弁士坂本頼光さんも来場予定。たのしそう。

 

U-nextで倍賞千恵子と寺田農の声が入った音声版を観たが、スタッフの中に「演出」という仕事の人が。元々の無声映画、どの部分に音をつけるとかそういうことを考えた人か?

たしかに音をつけるとうるさくなりそうなところは無音の処理がしてあった。

沈黙

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  • イングリッド・チューリン
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イングマール・ベルイマン 1963年

重い病を抱えてそうな姉と妹、そして妹のこどもが言葉も通じぬような異国のホテルにやってくる。

妹の子どもの人形遊びは「ファニーとアレクサンデル」*1風。泊まっている異国のホテルで小人サーカスの一団と知り合いになり、また、ホテルマンから、とうも彼の父の臨終のときの写真をもらい。。怪しさと愉しさが混ざり合った良い画

言葉のあまり通じない暑い暑い土地で死にゆく真面目な姉、優しいホテルマンがいてもやはりとんでもない孤独。ペルイマンの作品にはいつも死に瀕して誰かに支えてもらおうとする人が出てくるが、それが毎回つらい。できたらみつめたくない状況。かっこつけときたい。でもいつも見つめさせられる。ベルイマンを敬愛するウディ・アレンの映画に自分は死病に罹ったのではないかと滑稽に煩悶する人がよくアレン自身によって演じられ出てくるが、あの原型はこれだったのか!随分観やすく料理したんだなあと思う。

死の影から逃れたくてゆきずりの肉体関係を姉に見せつけ、彼女の元を去る妹。。「姉エステルが死ねばいいのに」なんてセリフも。いつものベルイマンだ。

ぶった切ったように突然終わる画面、「秋のソナタ」*2でもそうだった。こういう終わり方好きだ。

不実の愛、かくも燃え

 

 

イングマール・ベルイマン脚本

リヴ・ウルマン監督 2002年

ふや町映画タウンのVHSで鑑賞

 

北欧の静かな住まい。ある老人が一人の女に「お芝居ゲーム」を演じさせるという形で静かに静かに物語が進行する。ゲームなんて言ってるけれどすごいリアリティを漂わせながら。(よくテレビ等でみかける、「友人がこういうことで困っているけれど・・」と自分の相談をする人みたいに。)

「ゲーム」で演じるのはオーケストラの指揮者として成功している夫にも娘にもまったく不満のない女性 舞台の演出等で躓いている夫の友人を慰めるつもりの関係からの深みにはまり。。

不倫相手は経済的にも仕事の上でも行き詰まっていて、きちっと計算したらバカバカしいことばかり、説明のつかない流れで関係が深くなる。平穏よりスリルのほうが魅力を感じる、とかそんな感情も後押ししてそうだ。

ほんとは女性が優位の関係のはずが、いつしか嫉妬から所有物みたいになり。。

不倫相手も愛情というよりか慰めてもらいたいから始まった関係のようにみえるし、夫もプライドで動いていて、不倫発覚後の泥試合の中、求めているのはもう建設的な何かではなくなり。。情けない悲劇の物語であるが、出てくるオルゴールから若い女にこの物語をさせている年老いた男自身がこの話の不倫相手の男であり自分の人生の愚かさを見つめている物語なのだと気付かされる。

静かな北欧の風景の中人間のエゴが幸せを遠ざけてしまう物語を、観ているものに代わって演じてくれているようにみえた。

秋のソナタ

 

秋のソナタ [DVD]

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  • イングリッド・バーグマン
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1978年 イングマール・ベルイマン監督

ベルイマン作品の、わざわざ自分も相手も傷つけるような陰鬱な応酬、若い頃はそれに影響されたウディ・アレンの内省的な作品群もなんかも重苦しくて耐えられなく本家本元はいかほど、なんて遠巻きにしていたのに、意外とオリジナルのほうは振り切っていて心地よく、この作品もしんどい気持ちにならずに、むしろ自分の心の中の膿を登場人物たちが出し切ってくれる、くらいの気持ちで鑑賞できた。

イングリット・バーグマン演じる高名なピアニストとリヴ・ウルマン演じる娘のぶつかりあい

またまた重い病人(バーグマンの下の娘という設定)が出てきた。「あんなに状態が悪いなら死んだほうがいいのに」と陰でいうバーグマン。

妹を施設から出して引き取り、随分こまやかなリヴ・ウルマン。基本自分の演奏のことしか考えないバーグマンにとって、なんかこわい存在だ。謝るしかないような状態。そしてその挙句「これでいいですか」とヒステリックに叫びたくなるような居心地の悪い状態。この感じがすごくわかる。

一方でリヴ・ウルマンの暗い気持ちも理解できる。世間との折り合いのうまい人間に対して「こっちに苦労を押し付けて嘘や演技でやり過ごしている」と思う心。

傷つけあうつもりで会ったわけではないのにこんなことになりました、という感じが簡潔に巧みに表現されている。色彩設計も効果的。