男の顔は履歴書

 

これが噂の安藤昇か!

診療所の町医者として日々を送る彼のところに担ぎこまれた戦争中からの因縁浅からぬ朝鮮籍の男(中谷一郎)。彼との歴史は、戦争中、戦後すぐ、そして現在と自制が入り乱れるにもかかわらずとてもすっきりとわかりやすい。

一番中心に描かれるのは戦後すぐ安藤昇も地主であるマーケットの権利を巡る半島系との攻防、「この世界の片隅に*1終戦を迎えた時一瞬みえた半島の国旗を思い出す。半島系のボス、内田良平の迫力!「怪談昇り龍」*2で冒頭途方もなく陽気な極道者を演じていた人か!いつも何か不思議な魅力がある。

菅原文太もふっきれたヤクザ演技。町の元顔役アラカンさんの華。伊丹十三が頭でっかちでまっすぐで血気盛んという役を熱演。澄ましているだけじゃない姿が新鮮。そして、真理明美という女優さんが演じる物語を動かすことになる半島系の女性の凛として美しいこと。彼女の清冽さが原動力になっている。

物語はここで終わるのか!という絶妙な幕切れ。そこがとても良い。

シャイロックの子供たち

 

その昔横田濱夫さんという横浜銀行行員の「はみ出し銀行マン」という実録ものシリーズを好んで読んでいたことがある。内容は忘れたけどいつも取り澄ましている印象である銀行の生々しい裏側が面白く書かれていたことは確かだ。

ベニスの商人」のシャイロックについては、アル・パチーノの主演映画もみてますます同情したことも手伝い、一方的にこてんぱんにやっつける気に今のところなれないが、この映画は金貸し業である銀行の悪徳を面白く描いていて、「はみだし銀行マン」シリーズを楽しく読んでいた日々を思い出した。

中盤まで大げさな演技、滔々と決め台詞をまくしたてるようなシーンはほとんどなく、役者もそれぞれハマって、こんなことあるんだろうなあという空気がなかなか良い。中盤以降事件がさらけ出され登場人物たちがまとめみたいな聞かせる話をするところはちょっといただけなかったかな。気持ち良く収まりはするけれどちょっとそこで安っぽくなってしまうような。これ何なんだろうな、「マルサの女」なんかでは終盤の山﨑努のちょっと聞かせる話がなかなか良かったのに。どうすりゃいいんだ。。むしろ「仁義なき戦い」風に起きたことを淡々と見せナレーション使う方がシャープでかっこいいし上質にならないか?違うものになってしまうか。松竹系の映画だし動員狙う娯楽作としては現行の方が収まりがいいのだろうけど。いいセリフってほんと難しい。同じ阿部サダヲ主演のドラマ「不適切にもほどがある」ではそのくさくなるリスクをミュージカル仕立てにしてうまく消している。強い香味野菜でアクを消す感じ。

調べると映画版は原作やドラマ版には出てこないキャラクターが出てきたりしているらしい。原作は引き締まっているのかな?ちょっと興味がある。

監督の本木克英氏は「鴨川ホルモー*1なども担当とか。あちらも良い原作、愛すべきストーリー、ましてや京都のそれも身近な場所でロケもあっただけに否定しにくいけれど安易にまとめられ物足りない感じを持ってしまったな。

薔薇の名前

 

「100分de名著」で原作を取り上げていた時、自分には結構難しく映画もそうかと緊張していたら、映画は楽ときいて鑑賞。

映画鑑賞後「100分〜」サイトを読んだら映画を観る前よりすっきり入ってきた。

www.nhk.or.jp

 

今になってこの映画を観たのは少し前に「ロビンとマリアン」を観て、老いを含んだショーン・コネリーに魅力を感じ、もっと観たくなったから。彼に付き従う弟子のピュアな感じがまたいい。この弟子との関係が寛容であり、かといってタガが外れているとかいうのでなく、秩序と威厳はあり気持ちよい。

「寛容」や「笑い」はこの作品のテーマの根幹にもなっており、起源をアッシジのフランチェスコとするフランシスコ会の修道士と沈黙を旨とするベネディクト派の修道士との違いとしても描かれておりその辺もカトリック校に縁のあった自分には腑に落ちる。

ポール・ヴァーホーベンの女子修道会の物語「ベネデッタ」もえらく気持ちを惹きつけられたが、この作品の中の修道院もあそこまでわかりやすい表現ではないけれど、外からの調査から身を守ろうとする動きなど「人間の集団」という感じで面白い。

後悔も含む人間らしい、けれども尊敬に値する先導者としてのショーン・コネリーの姿は「小説家を見つけたら」にも通じるような。

ジャン=ピエール・ジュネ監督の「ロスト・チルドレン*1で異彩を放っていたロン・パールマンもぴったりの役で好演。

蜂の巣の子供たち

ja.wikipedia.org

清水宏のもとで育った戦災孤児たちを出演させ撮った映画。

戦争から帰ってきて身よりもない兵隊さんについていく駅の子どもたち。この兵隊さんにもとてもリアリティを感じた。お国のためにしゃんとした姿勢で戦争に行って帰ってきて心が空白になったようなこういう青年は日本中にたくさんおられただろうなと。

地域の子どもたちと野球しようとして相手に逃げ出された孤児たちが「いくじがないなあ」なんていいながら帰ってきたら「いくじがないんじゃないよ。気持ち悪かったんだよ。気持ちが悪くない子どもにならなきゃな」なんてズバリいうお兄さん。戦争が終わって三年。随分子どもたちの服装にも格差があった。

清水宏の映画って表面取り繕わない方向で話が進むように感じていてそこが気持ち良い。

お兄さんとこどもたちが向かうのは映画「みかへりの塔」*1になった施設。「みかへりの塔」での笠智衆などの努力がお兄さんの心を育んだのかなと嬉しくなる。

ジョン・フォード後期作品

ジョン・フォードの後期の作品をいくつか観た。

 

まずは「ミスタア・ロバーツ」(55)

 

舞台は太平洋上の補給船

ジェームズ・ギャグニー演じるエゴイスト艦長の下で働くヘンリー・フォンダ(ミスタア・ロバーツ)。傍らにはお調子者の部下ジャック・レモンと落ち着いた軍医ウィリアム・パウエル

船という動けない空間での専制政治。自分には学校のようでもあり、人によっては職場のようだったりもするだろう。

下のものの気持ちを考え仕事のできる男ヘンリー・フォンダ、上司ジェームズ・ギャグニーの勝手さ無能さゆえこの船での仕事にうんざりしておりまた現場で活躍したいという気持ちもあって前線に希望を出しているのだが、ギャグニーが書類に判を押さないので蓮実重彦のいうところのいわゆる囚われの身、心理的には曇天。そこからの。。という作品であるが、ヘンリー・フォンダの立派さを描く作品でなく、ヘンリー・フォンダからみれば目先の楽しみばかり追っているジャック・レモンを代表とする兵士たちが起こす出来事がメインであってその構造が素晴らしい。

ジョン・フォードの映画、自分とは縁遠い集団が舞台であっても観ていて自分の周りの物語としてとらえられるところがいい。(この作品に関してはヘンリー・フォンダとフォードの対立など色々あったそうだがそれはともあれ。)

個性強い出演者たちのぶつかりあいの中良き緩衝材となっている軍医ウィリアム・パウエル。上品で素晴らしく他の出演作を調べたら「影なき男」*1でお調子ものの探偵を演じていた人だった。こんな年齢の重ね方されてたんだ。感慨深し。

ふや町映画タウンおすすめ☆

 

そして「バッファロー大隊」(61)

騎兵隊の一員である優秀な黒人軍曹に強姦殺人の嫌疑がかかりその裁判の陳述で構成された物語。

黒人の立場がその中でくっきり描かれていく。ジョン・フォードのおおらかなユーモアを交えつつ人間存在に関わる骨太な内容を面白い角度で映画を作る風合いは安心して楽しめる。騎兵隊の中の黒人班はしっかり描かれていてそれが主眼だけどただ最後真相にたどり着く部分は少し早口だったかな。

ふや町映画タウンおすすめ☆

 

後期の作品では少し前に「リバティ・バランスを撃った男」(62)も

 

これはすごい迫力。ならずものリー・マーヴィンが支配する集落にやってきた反武力主義の弁護士ジェームズ・スチュワートと暴力は良くないが力で押さえなきゃしょうがないと思っているジョン・ウェインの対比。そこにほのかな恋愛話まで絡ませてあって勝者はどっち?みたいな形で話が進んだりもするのだがジョン・フォードの恋愛話って品が良くて、そしてロマンチックで愛すべき詩情があってとても良い。「アパッチ砦」にも通じるような伝説への皮肉も込めて深い余韻で話は終わり、どっちの生き方が勝ち、なんてこと決めたくない気持ちでFIN。

リバティ・バランスの暴力の前に卑屈になっている保安官や困っている集落の人々も愛すべきパワーがあったし、迫力のある悪役を務めたリー・マーヴィンのコワモテがまたいい。「北国の帝王*2や「最前線物語*3でコクのある演技をしていた人だと気がつきますます気になる存在に。

こちらはふや町映画タウンのおすすめ度も☆☆☆と星の数が多いことに私も納得。

コールガール

 

71年 アラン・バクラ監督

ジェーン・フォンダが演じるのはNYでオーディションなどを受けてステージに立つ日を目指しながらもコールガール業をしている女性。

彼女の人物造形はとてもしっかりしているしその姿やファッションも街に馴染んでいてとてもいい。

ある事件がきっかけでその調査にきたドナルド・サザーランドと知り合いに。それまで仕事で付き合っていたのとは違うタイプの男であること、お相手はたくさんいてもほんとは孤独だった彼女の心は存分に伝わる。

精神分析に通う彼女の心の言葉にすこく重きが置かれ、そこにも70年代アメリカを感じる。

事件の真相解明のあたりはとりあえず了解はしたもののちょっとすっきりしない運び。ジェーン・フォンダドナルド・サザーランド、70年代初頭のNYを味わうことに関しては満足できた。

撮影はゴードン・ウィリス。「ゴッド・ファーザー」やウディ・アレンの「アニー・ホール」や「マンハッタン」を撮った方。街の雰囲気ぐるみの撮影は堪能。

コカコーラ・キッド

セルビアドゥシャン・マカヴェイエフ監督がオーストラリアで撮ったもの。84年。オーストラリアの青い空って「スピリッツ・オブ・ジ・エア」*1や「プリシラ」でも感じたけれど独特だなあ。

アメリカ的なものを象徴、それがNO.1と思っている海兵隊あがりのコカコーラの営業マン、コカコーラ・キッドが赴任先のオーストラリアで自分の今までのルールとは違う文化にぶつかる話だが、これ日本舞台でも作れそうだけど誇張が多く笑わせにかかっているこのままの調子で作られたらちょっとむっとしてしまうかもしれないな。否定されているわけではないけど。

駆け足で最後はストンと終了。最初は面白いものの羅列をただ見たみたいな感じを受けてしまったが、終始祝祭的でそのまま終わるあの感じも味かもしれない。妙にきちんとしっとりされても居心地が悪いだろうな。作った方はあれでも十分しっとりのつもりかもだが。

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↑カンヌのパルム・ドールにノミネートされていたんだ・・