ヴィム・ヴェンダースが日本で撮った新作、褒め言葉、批判両方ないまぜの情報が先に入ってきて、それをつい意識しながらの鑑賞。
役所広司演じる平山は超ルーティン人間でまず親しみと尊敬の念。自分も日々の生活の反復を好んでいるけれど、外から帰ってきた時の玄関のカギ等の並べ方の厳密さ、出先で集めた小さな植物への水やりの手順などがもう徹底。芸術品のよう。小津安二郎的な美。
仕事に行く車の中ではカセットからの音楽。行く先はトイレ掃除、ただのごちゃごちゃと開発された東京の道でもすぐに構築できる自分の世界。ウォークマン発売の頃を思い出す。なので彼の城ともいえる車やカセットを蹂躙する柄本時生演じる同僚にえらく苛ついてしまう、仕事もええ加減だし。と、そのあと、柄本時生の悪くない一面がさりげなく描写されていたりしてあれっと気持ちいい。
劇場公開当時、巨大資本のからんだ美しいトイレが平山の掃除現場であることへの違和感を唱える方々もおられたが、逆にそんなに美しいトイレでもゴミが散らかっていたり、コロナ禍を体験した身には身近に感じる、平山がみつけ手をつないでいた迷子の母が息子と遭遇するなり息子の手を清めるために出すポケットティッシュなど、形だけきれいなことへの皮肉もちょっと感じられたりする。その反面、そんな都会的なトイレで起こるアナログ世界的な微笑ましいやりとりも描かれていたり、それぞれが一人でお昼を食べる、平山の好きな大きな木のある神社で、会釈したら怪訝な顔をされるという違和感、そしてその後なんかも織り込まれ多面的で面白い。
行きつけの古本屋店主犬山イヌコの声がいい。幸田文やパトリシア・ハイスミスの話が出てきたり。
あと毎晩晩ごはんを食べに行く地下の飲み屋みたいなところもいい。日常っていいなってつくづく。
石川さゆりのスナックは、「秋刀魚の味」*1の岸田今日子のシーンを思わせた。彼女が歌う「朝日のあたる家」のアレンジの新鮮さ、平山がカセットで聴く音楽のセンスの良さ。石川さゆりのバーでそのあと遭遇する三浦友和のかっこよさや安藤玉恵のキャスティングも嬉しかったし日本語のセリフや構成がとても自然で良い仕事だなあと感じた。
姪とのくだりは「都会のアリス」*2みたいだし、たしか終盤ぼやっと画面に映る赤い花はまた小津調。小津安二郎を自分の中に取り入れ咀嚼して現代日本を描くヴェンダースの映画にしている感じがとてもいい。ほんとヴェンダースが80年代日本で小津風景を探す「東京画」の熟成した続編みたいにも感じた。
と、ここまで書き、いい気持ちで公式ページをみにいったら、その洗練に少し「戦略」的なものも感じてしまい、ヴェンダースが利用されていると批判していた人の気持ちがちょっとわかるような気にもなってしまった・・でも映画ってそういうものかもだしな・・