桃中軒雲右衛門 再見

この映画、2012年に一度観ているのだけど*1、11年を経て記憶に残っていたのは桃中軒雲右衛門というのは厳しい人だったなあということだけ。

近年、「人生劇場」*2などで、いぶし銀の月形龍之介さんの魅力に気付き、そういえばと主演のこの映画を再見したのだけど、月形さんだけでなく、この11年の間に頭に蓄積してきた旧作邦画俳優たちの活躍場面が彩りとなり、なお一層楽しい鑑賞となった。

前回の感想を読んでいると、藤原釜足氏の飄々とした感じに注目していたが、確かに今回も釜足氏にまず心が動く。幼き桃中軒を拾った門付け芸的なものをしてきたおじいさん役で、雲右衛門が東京の舞台でも凱旋公演できるようになったことが嬉しいと喜んでいる。雲右衛門が大事な公演時とんずらした酒席に同行しのんきに時間を過ごしたり、それを注意されたら「俺の注意をきくようじゃ今ほどの大物にはなれない」なんていう言葉も変な説得力。桃中軒の歩んできた道をこの人物で説明しているような役回り。

釜足さんの出演作品を色々観ていくと、基本気の弱そうないい人っぽいキャラクターが多いが、かわいらしい中にも門付けでどうにかこうにかやってきたしたたかさみたいなのを今回は忍ばせておられ、それぞれの出演作におけるグラデーションに感心する。元々浅草オペラご出身の方だから音楽系の役どころもいつも器用にこなされているなと思う。この作品ではかなりの老け役。

もう一方驚いたのは細身の三島雅夫さん。

世間の声なんかなんのその自分の芸のことしか頭にない桃中軒を苦言を呈しながら支える役。戦後のまん丸いお姿で記憶しているもので、とても新鮮。

今回、桃中軒の舞台の三味線をずっと務めていた細川ちか子演じる女房お妻の自らの芸への厳しさがとても心に残る。自分も年齢がいき、自分の限界を意識するようになっているから。

前回観た時はさらっと流していた、愛人千鳥から正妻お妻への贈り物の布団に刷り込まれた「忠臣蔵」の顔世御前の歌の話、すごくポピュラーに布団生地に刷られていたそうだけど、正妻のものすごい反応に、この話が注釈なしに通用する時代というものも感じた。千鳥を愛人にするくだりも冗長な描写はなく、簡単なのにぱっとわかる描き方。

また冒頭、雲右衛門のプロフィールを移動中の電車の噂話で紹介する手腕も成瀬監督らしい。

雲右衛門の息子を学校での騒ぎや恩ある人に預けようかというくだりは、先般読んだ「国宝」*3に流れていた芸能の世界とそのパトロンの空気を感じたりも。

そうそう森繁久彌新国劇の殺陣師段平を演じていた「人生とんぼ返り」に、舞台の演し物としての「桃中軒雲右衛門」が出てきて、殺陣師だけに立ち回り重視の段平が「あんなものは浪花節」なんて言い捨てるシーンがあるけれど*4、雲右衛門がやっているのは確かに浪曲(=浪花節)だけど、映画は、「人生とんぼ返り」の方がむしろ浪花節的に思え、こちらのほうが、妻との関係の向こうに芸術とはという問いが感じられるものに思われた。

IMDb

 

 

*1:桃中軒雲右衛門 - 日常整理日誌

*2:人生劇場 飛車角 - 日常整理日誌

*3:国宝 上巻 - 日常整理日誌

*4:「日本映画傑作全集」vhs同梱の山根貞男さんの解説にも「桃中軒~」が新国劇で大成功した旨書いてある