歌う女歌わない女

 

77年 アニエス・ヴァルダ

60年代から70年代のフランスの二人の女性の人生を交錯させながら描いた映画

冒頭からくたびれた女の写真を並べる写真館がでてくる。粘りに粘って女たちがそんな表情になったとき写真を撮るというカメラマン。

主人公の一人シュザンヌは既婚者であるそのカメラマンとの間に二人の子どものある女。三人目を妊娠したけれど産む財力もなければ、堕胎することもフランスでは違法

もう一人は歌手になることを夢見ているポム。写真館で以前近くに住んでいたシュザンヌの写真をみつけ連絡、彼女のために実家に嘘をついて一肌脱ぎそれが原因で家を飛び出す

男の不甲斐なさにムカつきながら話がスタートするがそれは大事なスタートではあるが通過点でしかない。

とにもかくにも二人とも自分で自分の人生を切り拓いていく。

最近観た「ジュリア(s)」*1にも似た手ざわり。あちらはベルリンの壁崩壊の頃からスタートするけれど、学生を中心とした社会運動のうねりと安定を望む親との対立がスタートになっているから。 

ポムはボヘミアン的。その出産子育てもアラン・タネール監督の「2000年のジョナス(ジョナスは2000年に25歳になる)」*2に描かれていたような原始共同体的なものを感じた。5月革命の後の物語なので年代的にも重なる。

シュザンヌは女性が自分の身体を自分で守る団体みたいなものを作る。

日本の中ピ連も思い出したが、もっと社会にまともに扱ってもらっている感じがした。中ピ連、本質に迫らぬまま冷笑され片付けられてしまったような気配で、私も「あのひとはいま」的な心地でいたのだけど、最近桐野夏生さんが本にまとめられ、武田砂鉄のインタビューに答えた桐野さんのお話*3によると、イロモノとして扱われすぎていたらしく著書を読んでみたいと思っている。

ポムがイランからの留学生と出会うのだけど、イランからフランスへの留学生多かったのかな。時代はもう少し先イラン革命の頃の「ペルセポリス*4もイランからフランスに留学の話だった。

また途中中絶のためアムステルダムに行く話があったが、96年の映画ではあったが、「アムステルダム・ウェイステッド!」*5もドラッグ中毒の話だったり、ドラッグフリーのイメージがあるが規制の少ない土地なのだろうか?

。。と、知りもしない外国の空気を映画を通して味わっているのだった。

イランの彼すごくいい人なんだけどいざ家庭持ってみると。。ってところなんか全く身近すぎる。

ポムとシュザンヌ、それぞれスタート地点からは想像してなかった人生を歩んでいる10数年後が描かれていて、シリアスなスタートの割にアニエス・ヴァルダの声援を感じる気持ちの良い映画だった。