「ジャズ・シンガー」と「マラソン マン」

先日鑑賞の「ジョルスン物語」*1で描かれていたアル・ジョルスン出演の映画「ジャズ・シンガー」をアル・ジョルスンの出ているバージョン(1927)と80年代のリメイクと観比べてみた。さらに80年代リメイクでは父親役のローレンス・オリヴィエが良かったものでオリヴィエの後年の作で「マラソンマン」も鑑賞。

 

まずは1927年の「ジャズ・シンガー

ジャズ・シンガー (字幕版)

「ジョルスン物語」でもユダヤ系の厳格な家庭に育ちながら宗教的な勤めからエスケイプした彼を厳格な父が叱責するシーンから始まったがこちらもそのベースは同じ、そして「ジョルスン物語」では割合初期に家庭との問題が解決したのだが、こちらでは父の願い、周りの期待とジャズ・シンガーとして生きていきたい彼の気持ちとの相克がメインのストーリーに。

よく「ショー・マスト・ゴー・オン」なんていって劇場の幕があがったらなにが何でも続けなければいけないというような話を聞き続けている身としたら家のことはしょうがないじゃないかというような気持ちで観続けた。公開当時は今とは家のこととショービジネスの天秤具合が違っていたのかもしれないな。これからデビューのジャズ・シンガーという身分が自分が感じているよりもっと危なげがあり、手放しで称賛されるようなものじゃないという表現も見受けられた。

結局無理矢理八方収まったが「ジョルスン物語」はこの映画のつくりのちょっとすっきりしないところを思い切りカットし一応別の苦みもあるけど結局芸か家庭かという問題を明るいミュージカルに仕立てたものかもしれない。

ジャズ・シンガー」は初のトーキーとは厳密にはいえない、ということを時々読むがパートトーキーでアル・ジョルスンの歌声は味わえるようになっていた。

 

リメイク版の「ジャズ・シンガー」(1980)

ローレンス・オリヴィエ演じる父にとってそしてその元で育ってきた主人公にとってもユダヤ教の教えがいかに大事なものかということが丁寧に描かれていて、1920年代版に感じた息子の夢をやみくもに反対という感じはなかった。ユダヤコミュニティでの音楽もとてもすはらしく、以前観たクレズマー音楽のドキュメンタリー*2を思い出す。スタートもNYの街をゆっくり映し、これは人種のるつぼアメリカの中で自らの起源とアメリカ文化をどう溶け合わせていくかについての映画だと感じさせられた。途中、80年代映画によくあるサービスのつもりっぽいベッドシーンなどは余計と感じてしまったが、最後のニール・ダイヤモンドの「アメリカ」の曲は絶品だし老境に入ったローレンス・オリヴィエの演技はみていてとても気持ちが良かった。

 

さらに後年のローレンス・オリヴィエつながりで観たのは「マラソン マン」(1976)

ダスティン・ホフマン主演。彼は非業の死を遂げた歴史学者の父とエリート・ビジネスマンの兄を持ち、意識した挙げ句違う生き方をしようとしているところがみてとれる。日本にもよくいそうな目立ったり特別扱いの苦手な学生。

その彼がナチスの残党による収容所のユダヤ人から奪い取った金やダイヤモンドを巡る事件に巻き込まれるサスペンスであり人間成長のドラマだが、オリヴィエはナチス側。その憎たらしい程優雅な身のこなしは見どころあり。

冒頭ことの発端であるNYのユダヤ系とドイツ系人種による派手な交通トラブルの話や、ユダヤ人街の貴金属店での空気やらその時のNYの暮らしに密着した話はおもしろいのだが、途中去年日本で流行ったドラマ「VIVANT」に出てきたような超法的な特殊部隊の話など出てくると騙し合戦のようになり混乱する。父がマッカーシズムの犠牲になった話なども冒頭にでてきて、そのこともあって事なかれ主義的な彼が敵から逃げるのでなく対峙する物語ではあるのだが、オリヴィエ演じる歯科医のスキルを生かした拷問など部分が際立つあまり、テーマがぼんやりしてしまったきらいも。