書かれた顔

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この作品を前回観たのは2004年頃。舞踊家 大野一雄さんの姿を観るため。そして、大野さんの朽ちかけた薔薇のような美しさを味わったのだった。

今回は坂東彌十郎さん経由の鑑賞。現在大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で北条時政役で注目を集めている彌十郎さん、少し前に1990年の玉三郎演出の日生劇場での「なよたけ」の舞台ビデオ(主役は東山紀之)を観たのだが、

そこで竹取の翁を演じておられる彌十郎さんの中盤からの変容が大変印象的で、神々しくもあったので、「書かれた顔」にも出ておられるという情報を得て、再見したのだった。

「書かれた顔」の中での彌十郎さんは、熊本の八千代座での「積恋雪関扉」という舞台で玉三郎の相手役姿。「書かれた顔」は、玉三郎という女形を通して、演じるということをみつめているものだから彌十郎さんを観る作品というのではなかったが、二度観て発見多数。時を経て映画を観なおすことの楽しみを味わった。

女が女のままで演じている姿より女形が演じる女の方が精彩を放つのは、男の眼で見た女、客観視した女がつくられているからということが映画の中で示される。この映画でもそのことを語る杉村春子氏が登場し、成瀬監督の「晩菊」*1で、杉村氏の演じた仲間内に金貸しし、厳しく取り立てるごっつい中年女が、気のある上原謙に対して振る舞う哀しみが漂うはしゃぎのシーンが映し出される。玉三郎のいうところの自分にはどういう特徴(短所)があるか洗いなおし、それをみつめるところからのスタート、杉村さんもいわゆるそこにいるだけで映える美貌の女優というのではないがそれを踏まえてのそれに応じた演じ方だからこその芸ということが示される。そして、同時に高齢の大野一雄さんや武原はんさん、百二歳の日本最高齢の現役芸者蔦清小松朝じさんなどがご出演、朽ちる直前だからこその美というものが表現されている。

編集も、舞台が通して映し出されるのではなく、演じている玉三郎と観ている玉三郎、世に出た当時のフレッシュな美の時代の写真と朽ちかけの美の時代を重ね合わせる面白さ。その中から美というのはかたちを変えていくもの、でも出始めの若い美よりもっと深い美があるのではというダニエル・シュミットの耽美美学のようなものも感得。楽しいひとときだった。

夢見るような舞台を醒めさせずに届けてくれる映像。撮影監督はレナート・ベルタ。「さよなら子供たち」や「満月の夜」などを手掛けている。

玉三郎が芸者に扮した「黄昏芸者情話」というフィクションが挟み込まれているが、ここに出演していた宍戸開がなかなかいい。「モダーンズ」*2ジョン・ローンのような、硬質だからこその倒錯した魅力があった。