1995年
クロード・ソーテ監督、一番最初に観たのが「すぎ去りし日の・・・」(70)*1。「友情」(74)、「はめる」*2(71)なども樂しく鑑賞したが、中年以降男性の細かい日常を描くのが丁寧で、でもどこか肝心なところが欠落している足踏み感や焦燥感をうまく描き、観ているものの気持ちを引きつけるものが多いように感じる。
この作品でも若きエマニュエル・ベアールが話の牽引役ではあるけれど彼女の危機に手を差し伸べる、半分すべてを引退のつもりではあるけれどまだ残り火のあるミシェル・セローが主人公にみえた。いわゆる男女の関係を求めたりはしない節度や誇りは充分あるけれど、ミシェル・セローの方にはまだ自分を良く思われたい気持ちが充分にあり、シニア男性あるあるな感じが。なにかが起こりそうで起こらない、それがドラマになっている。ミシェル・セローの最初のほんとに上品な成功した男性の佇まいから、時を経るにつれてわがままな一面がみえたりするその過程が面白い。ミシェル・セロー、「海を渡るジャンヌ」(91)でジャンヌ・モローに振り回される役をしていた人だな。あちらはコミカルよりの演技だったがこちらでは終始威厳を持った姿であった。
