櫛の火

昭和50年(1975)神代辰巳監督作品。古井由吉原作。以前「杳子」を読んでこちらが若かったのもあって、水性なんだけど澱むような作品だなと思っていたのだけど、映画の「櫛の火」も、なるほど、あの古井氏の作品、という気持ちを持った。桃井かおりが病で死にゆく役だったがはかなげで、1977年の「男たちの旅路」での姿はこの延長線上にあるかなと思った。草刈正雄が主人公で、ビデオジャケットの説明によると

"エロスと狂気と死"をテーマに、揺れ動く心理描写を通して、男と女、そして人間そのものを描き出した作品。

とのこと。すれすれで彷徨する草刈正雄、神代作品に桃井かおりと共演して出ているショーケンとくらべられたりも公開当時あったらしいが、確かにショーケンの方が狂気の部分がくっきり出て見ているものもメリハリを感じたかもしれない。
三輪車や自転車などの乗り物に乗って人間の極限、そのどこか滑稽でもある姿を表現するのは神代監督の得意のシーンであるなあと思った。もつれた人間関係を調整するような役回りの名古屋章と主人公の草刈正雄の、特異なシーンにも乗り物のシーンと同じような、人間の性を仕方のないものだよなと苦笑してみせているような姿勢も感じた。

とにかく、なにか重低音のようなものがずっときこえ(現実にも心理的にも)、みるのに根気のいる作品だったけれど、草刈正雄のライバル?ともいえるような、(交際相手の夫役)河原崎長一郎の演技が落ち着いていてとてもほっとする。(役の上では常軌を逸する行動もあるのだけど、ぶれない演技がよかった。)
「旅の重さ」*1での初々しい姿が印象的だった高橋洋子さんがちらっと出てくる。(男女関係が入り組んでいてその輪っかの中の一人。)

☆その後、樋口尚文さんの「ロマンポルノと実録やくざ映画」の「櫛の火」の項を読んでみると、撮影の姫田真佐久の発言として*2、本来の完成尺は108分で一本立て公開のはずが、「雨のアムステルダム」との併映に変更になり88分で公開、尺詰めによって意図の伝わらないところが増えたということが書かれていた。

*1:http://d.hatena.ne.jp/ponyman/20171211/1512980944

*2:「姫田真佐久のパン棒人生」より

四畳半襖の裏張り しのび肌

1974年神代辰巳監督作品
直前にみた同じく神代監督の「櫛の火」が観終えるのに努力がいる作品だったので、緊張しながら観始めたがこれは本当にテンポのよいおもしろい作品だった。
早熟な少年正太郎を主人公に据えた、ドライでいて訴えるものがあるこの塩梅!とても楽しめた。
正太郎が太鼓持ちに弟子入りしての俗謡(猥歌?)のようなものを口ずさむところなども神代監督のセンスがきれいに生きている。
正太郎を預かる映写技師の夫婦が出てくる関係でか、田坂具隆監督の「土と兵隊」の画面がたくさん出てくる。
芹明香さんの、からっとむなしい感じまたまた良かった。

しのび肌 四畳半襖の裏張り[ビデオ]

しのび肌 四畳半襖の裏張り[ビデオ]

メイク・アップ

昭和58年度文芸賞受賞作である若一光司氏の小説「夜に夜を重ねて」の映画化。テレビのコメンテーターとして認識している若一氏、こういう作品を書いておられたのだという感慨あり。
櫻の園」や「十二人の優しい日本人」の中原俊監督。
烏丸せつ子演じるストリップ嬢が移動する天満から徳島、下関、博多、石和、片山津とオールロケーションだったと解説書にある。その旅に付き添う知的障害のある男の子を演じるのが尾美としのり。自分のこだわりへのかたくなさとかまっすぐな感じとかリアリティがあった。烏丸せつ子とトラぶる博多のストリッパーを演じた亜湖さん、なんともいえない迫力と魅力を感じた。

日曜日は別れの時

twitterでdvd化を待っている方の書き込みを読んで借りてみた。

ビデオジャケットより

40歳になるユダヤ人の開業医、ダニエルは若い芸術家ボブと同性愛の生活を送っている。が、ボブには年上の女性アレックスという恋人もいた。アレックスもダニエルもお互いにその存在を知りながら、ボブに問い詰めることもない。表面的には穏やかな時間が流れる中で、互いの感情は複雑だった。誰もがこの関係に不安を抱きながら、しかし3人ともすべてを失うことを恐れているのだった……。

アレックスを演じたグレンダ・ジャクソンの知的な表情がとてもいい。知的ゆえに陥る境遇も描かれていて、静かだけどじんわりしみて、納得のいく映画。グレンダ・ジャクソンの名前で検索すると、元女優で今政治家と出てくるけれど、そうなのかな・・確かに意思はとても強い顔立ちだけど・・*1
ユダヤ社会の中でのダニエルの宙ぶらりんもデリケートな描き方で心に触れる。ダニエルを演じたピーター・フィンチもこの作品で英国アカデミー賞を受賞している。

アレックスがボブと一緒に友人宅でベビーシッターをするのだけど、その描写も細やかだ。そして、そこで起きる事柄から思い起こさせられる出会いと別れ。このアルバイトをする家庭やそれぞれの実家でのエピソードをはさむことで、ただの恋愛ものではない大人の孤独を味わわせる作品になっている。

ダニエル・ディ・ルイスが子役で出ているということで、英国映画の参考にさせてもらっている「英国党宣言」のこの映画のコーナーを拝見するとエキストラで参加、デビュー作らしい。
子どもがマリファナ吸ったり70年代っぽい中にもこどもと出かける時はバックにクラシックな音楽がかかったりして落ち着くなと思っていたが、音楽についても「英国党宣言」に載っていた。歌劇『コジ・ファン・トウッテ』より三重奏。これがあの散歩のシーンの音楽なのかな?

日曜日は別れの時 [VHS]

日曜日は別れの時 [VHS]

  • 発売日: 1989/12/22
  • メディア: VHS

*1:あとの行で紹介する「英国党宣言」の彼女のコーナーに政治家転身の話が載っていた。

赤い影

町山智浩氏のポッドキャストを以前にきいて気になっていた作品。けれど、そこばっかり注目すべき映画では決してない。

ドナルド・サザーランドが赤いレインコートを着た娘を喪う、クラシックな建物の修復をしている建築家の父親役。その妻をジュリー・クリスティが演じている。大事なものを喪ってナーヴァスにもなっている二人の夫婦ぶりの描写が丁寧。仕事で行くベネチアの夜の、慣れていない古い土地ゆえの不気味さが二人をじわりと覆う、それでも必死で抗おうとする感じが誠実に、なおかつ、みているものの興味をひきつつ描かれ、すばらしい出来。


みたのはVHS版