「歌行燈」見比べ

衣笠貞之助版(1960)と成瀬巳喜男版(1943)を見比べ。成瀬版を遥か昔に観たこと*1は憶えていたが、衣笠版も初めてのつもりだったけど4年前に観ていた*2。つまり2回ずつの鑑賞。最後まで気が付かない情けなさ。

「晩菊物語」を見比べたとき*3も、大庭監督のリメイク版は歌舞伎の世界がよくわからない人にも受け入れられるようなかみくだくような作り方だなあと思ったのだが、新旧「歌行燈」にもそれを感じた。

伊勢で声がいいからと按摩から謡曲の師匠になって評判をとり天狗になっている男とその娘、そして東京から来た能楽師の跡取りの間の因縁を描いたものだが、衣笠版では派手な出来事が目の前で具体的に表現されそこにいる人間やドラマを描いているのに対し、成瀬版は主人公は「芸」そのものと感じた。成瀬版では芸ができない芸者となった按摩の娘に因縁の能楽師が芸を授けるシーンも本人は正体も明かさずある意味芸術の神のようなものがそれを行っているようにもみえるのが、衣笠版だと色恋の要素が強くなってしまっている。

能楽師が冒頭の按摩との事件のあと、仕方なしに門付けで生計をたてる中で出会うトラブルでも成瀬版の方が「芸」の話になっている。

成瀬版をはじめて観たときも能楽師の先代コンビの面白さにひきつけられてはいたが、今回観て愛弟子を突き放すことになり、表面上はこれでいいんだと装いながらの苦しみが物凄くリアルに感じられその表現に感じ入った。これはこちらが年齢を重ねたおかげだと思う。

若き能楽師を演じたのは成瀬版は花柳章太郎杉村春子が彼の女形をみて表現の勉強をされたと話していたなあと思いながらの鑑賞。衣笠版は市川雷蔵雷蔵の気品はこの作品に合っていたが、話の運び方の方は通俗的風味が強くなりすぎていた。

成瀬監督版はふや町映画タウンのおすすめ☆☆

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