「暁の脱走」と「春婦伝」

原作が同じ二作品を観た。田村泰次郎の短編小説「春婦伝」から。

「暁の脱走」は昭和25年 谷口千吉監督、脚色は谷口千吉黒澤明

「春婦伝」は昭和40年 鈴木清順監督。

私には断然後者が良かった。大きな違いは「暁の~」の方はヒロインを大陸の従軍慰安婦から慰問団の歌手に変えてあること。山口淑子がなんだか学級委員みたいな感じで映画全体も堅く感じてしまう。

「暁の~」の良いところは、主人公の三上上等兵を演じる池部良が極度に痩せこけているリアリティ。そして、「青い山脈*1で、良い感じで主人公をサポートしていた伊豆肇の働き。彼の演じる小田軍曹の飄々としていて、しかしやる時はやるという斜めの方向から援護が魅力的。また観比べると、「暁の~」の方が、この伊豆肇はじめ兵士たちの現場での理不尽に対するぎりぎり精一杯の申し立てというのが強調されているように感じるところ。また山口淑子が中国人と会話する時、さすがすらすらとかわされ字幕なしでの扱いなので怪我をして中国側に山口淑子と一緒に捕虜扱いになっている池部良の不安がきっちりと伝わるところ。

「春婦伝」の方はまず若き野川由美子の野性味あふれる魅力。あの強い目。生き抜こうとする力。そして、決まってる構図。映画全体の躍動感が力強く私の心を惹きつけた。最近鈴木清順監督の後年の、構図は面白いけれど話の運びは極端に走りすぎているような作品*2を続けて観たためちょっと心配しながら観始めたのだが、杞憂。しっかりした作品だった。こちらは日本の従軍慰安婦と同行している朝鮮半島からの慰安婦、そのさらにつらい立場なども告発型ではなく、さらっと点描的に、でも主人公にとっては大事なことを伝える相手として出てきてそこもとても良かった。

「生きて虜囚の辱を受けず」という戦陣訓の足枷が二作品ともの肝になっている。映画の中では、それに上官のエゴをからめてあり、こちらの心への訴えかけの力はとても強い。

 

 

*1:青い山脈 - 日常整理日誌

*2:悲愁物語」(1977)「春桜 ジャパネスク」(1984)など