橋本治さん

橋本治氏の「完本チャンバラ時代劇講座」。

完本チャンバラ時代劇講座

完本チャンバラ時代劇講座

 

日本の精神史みたいな内容で登山のように何か月もかけて読み終えた。読んでいる時は、なんでこんなにこねくりまわさなきゃならないのか・・と思う時もあったけれど、読み終えたら、一緒に時代劇の旅をしてきた感じで毎日少しづつ読んでいた時間がとても恋しいし、難解な部分もあったから咀嚼してそれを自分の言葉で説明することはできなくても、時代劇の興隆、この精神の動きが次のこれに移っていく、という話がとても面白く、言及されていた映画も次々観ようという気持ちになっている。既に観ていた黒澤映画なども、橋本流解釈で違った観方ができそうだった。

読み終えてしまったらほかにも橋本治氏が書いたできれば自分の関心のある映画関連の本はないかと探していてみつけたのが、新潮とんぼの本の「モディリアーニの恋人」。

 

モディリアーニの恋人 (とんぼの本)

モディリアーニの恋人 (とんぼの本)

 

 先日モディリアーニを主人公にした映画「モンパルナスの灯」*1を観たところで、あちらへの言及もあり興味深い。

橋本治さんの、この人の内実はこうだったのではないかという論考はいつも楽しい。女優さんについて語った「虹のヲルゴオル」なども、若き日に落ち込んでいる時に自分の立ち位置を客観的に見る助けになり、力になってくれた。

 

虹のヲルゴオル (講談社文庫)

虹のヲルゴオル (講談社文庫)

 

 「モディリアーニの恋人」は芸術新潮モディリアーニ特集をしたときのものに増補した本で、橋本さんの原稿は、映画の中でアヌーク・エーメが演じていた内縁の妻ジャンヌのことだったが、近年発見されたジャンヌの写真やジャンヌの描いた絵などからの論考が新鮮。

序盤の宮下規久朗氏の解説でもヌード事件の真相だとか、生前評論家にある程度は認められていたことなど、映画の印象だけでの判断とは少し違うことがわかった。宮下規久朗氏の文章もとてもカジュアルで面白く、弱点もはっきりと書くことで等身大のモディリアーニが感じられ読んでとても楽しいものだった。話がうまくて女にもてる彼を太宰治にたとえる比喩もわかりやすかったし、ピカソ

酔っぱらって醜態をさらすのはいつもカフェ「ラ・ロトンド」やモンパルナス大通りなど目立つところでばかり

という鋭い指摘の引用など心に残った。モディリアーニピカソを描いた絵(1915年)に仏語で「知る」という意味の「SAVOIR」という文字が書き込まれ「全てお見通しの人」とされているというのも興味深い。

モディリアーニの遺した絵をもとに交遊録をつくってみたり、見せる工夫が楽しい。

モディリアーニは、尊敬するピカソのような人間とは少し距離を置いて付き合う、プライドが高かったり、文学的感傷的要素が強い自分と似たタイプとはあまり仲良くならない、いちばん親しくなるのはじぶんと異なるタイプで、しかも優位に立てる人物、などという辛辣な分析も魅力的。最後のタイプにアルコール依存症で社会的落伍者のユトリロ、という名前が出てくるが、橋本治氏の文章の方にもユトリロとの対比が面白おかしく描かれていて読ませる。

「モンパルナスの灯」に出てきたジャンヌの前の恋人で、英国の詩人ジャーナリストの才媛、ベアトリス・ヘイスティングスのこともきっちりと。映画でみたことがふくらんだ。

またモディリアーニが繰り返し描いたのがメキシコから来た巨漢ディエゴ・リベーラとのこと。フリーダ・カーロの夫としてフリーダの映画でみていた。同時代の人脈、もっともっと頭の中で整理したい気持ちになった。