羽田澄子さんの自伝。自由学園を出られた後、岩波に入られ、羽仁進氏の助手になり岩波写真文庫からスタートされたこと。助監督から初めての監督作品「村の婦人学級」(1957)*1。こちらはホットでわかりやすい良い作品と記憶しているが、長回しで、撮られている人の自然な感情が沸き起こるところをカメラにおさめたいと思っているのに、カメラマンとの間に相互理解が得られなかったそうだった。(→そのあとの氷解もあとがき的に紹介されていた。)村の人たちのその後、あの集まりをきっかけに長く交流が続いているらしいことが書かれていたのもうれしく拝見した。
「住民が選択した町の福祉」(1997)*2も大層感銘を受けた作品だったが、その後のこの町のことも書かれていて羽田さん同様複雑な気分になった。
羽田さんの仕事の大きな軸として老いの問題、理想的な老い方とは、というのがある。わたしも大変興味のあるテーマである。
また先代の片岡仁左衛門さんに密着されたお仕事、この本の中でもしっかりと書かれていた「薄墨の桜」にも大変興味がある。チャンスが少ないけれどみてみたい。