国立文楽劇場 初春文楽公演

第一部
花競四季寿
彦山権現誓助剣
義経千本桜


第二部
日吉丸稚桜
冥途の飛脚

今まで、舞踊中心の景事ってどう鑑賞したらいいのか・・とかいう思いもあったのだけど、今回「花競四季寿」と「義経千本桜」の二つの景事作品をみて、とてもいいなと思った。特に、「花競四季寿」の冬の鷺娘。本当に美しくてひとつひとつどこを写真におさめてもいい感じ。演じておられた豊松清十郎さんのことを父もほめていた。すばらしい。藤間紋寿郎さんの振付というのも、よかったのかもしれないなあ。紋寿郎さん、ちょうど昭和時代の文楽のビデオをみていて、お父様の桐竹紋十郎さんの特集の時に出ていらしたときの柔らかい物腰や、お父さんとのコラボの苦労話も思い出し、なお感慨深かった。
鷺娘では、二回着物をかえる場面があったのだけど、二回目の、春を思わすような桃色の着物に鷺の絵が描かれ・・ぱーっと華やぐ。この前の秋の公演くらいから筋を追うだけでなく、着物の取り合わせを味わうこともできるようになった。

夏の巻の、たこと海女の踊りも楽しかった。今回、こちらでたこ、「千本桜」で狐、「冥途の飛脚」で馬と犬が登場。動物の登場ってなんか楽しい。

義経千本桜」は一面の桜という舞台の華やかさもすてきだし、大夫や三味線の方々の桜色の裃も統一感があってよくて、楽しめた。

「彦山権現誓助剣」は筋、出てくる人たちが魅力。愛すべきお話。

そして、「冥途の飛脚」!近松門左衛門のことばって本当にすばらしいと思う。橋本治の「浄瑠璃を読もう」*1に、封印切りがテーマになったもので近松作ではないもの(自分から封印切りするのでなく、封印を切らされる感じのもの)は文学性が劣ってしまうことが書かれていたけれど、その手のを歌舞伎でみていたものでそれとくらべてより一層実感した。
「冥途の飛脚」がはじまり、英大夫と團七さんが出てきたときの会場の沸き方が通の人によるものという気配がとても漂い、大いに期待しながら拝見したけれど、確かに実力を感じた。

番付に紹介されていた創造の現場で活躍されている方々に感想を書いてもらったのをまとめたぶんらく観劇日誌、ゆっくり読もう。