「それから」、「お嬢さん」

「逃げた女」*1がきっかけになり、韓国映画づいている。

まずは「逃げた女」と同じくホン・サンス監督の「それから」。本の仕事をしている人間の物語で最後には夏目漱石の話も登場する。

「それから」、森田芳光版の映画では、松田優作演じる主人公がかって好ましく思っていた女性の結婚したのちの不幸を目の当たりにし、その夫は自分の知人でもあり、義理を欠くことではあるが、世間なんかほりだして大事なもののために一歩踏み出そうという話という風に描かれていたが、ホン・サンスの「それから」では、男が妻帯者ということもあり、世間と敵対して倫理を踏み越えて自分の思うところを行うというところは同じでも、「この人何考えてるんだ?」とみているものが思う感じに表現されている。

漱石の「門」とか、「こころ」とか義理や友情なんかを踏み越えて自分が好きな女性を奪った先の気持ちのとがめを描いているからホン・サンスが「それから」を認められないけれどどうしようもないこととして描いたのは本質がしっかり表現されているのかもしれない。

森田芳光版では女の結婚相手の嫌な面が描かれ、男の思い切りはみていて納得のいくものだったけれど、「人からみて納得のいかないもの、だけど当人にとってはそうせざるを得ないもの」という部分を純化してホン・サンスは描いたのではないだろうか。

その上の皮肉というか乾いたおかしさも感じるような展開も面白く、自分の解釈があってるのかどうかわからないけれどえらく惹きつけられた。

続けてみたのは「お嬢さん」。何年か前の公開時に旧作邦画好きの方々もほめておられ、いつか観たいと思っていた。こちらも「逃げた女」「それから」に出ていたキム・ミニが美しいお嬢さん役で登場。原作はイギリスの話らしいが、戦前の韓国の日本人と韓国人の物語になっている。

描かれている日本人の豪壮な邸宅は「キル・ビル」の美術と似通ったものもあり、歌舞伎や鈴木清順の世界のようなあでやかさ、つくりものっぽい美しさがある。

言葉遣いも、日本人とされている人物が日本語は話さない設定になっていたり、韓国人の設定の人物が逆に日本語を話したり、倒錯した感じがある。

どうかしちゃってるような物語、この物語のどこに人は惹きつけられるのか。。という気持ちがわいてくるところからの大きな展開。とても面白い。この辺もタランティーノの映画のような魅力を感じた。

官能的な表現はほかに類をみない感じ。

 

 

オスカー

 

「希望の街」*1,、「ベイビー・イッツ・ユー」とジョン・セイルズ作品の中で繊細で魅力的な男子を演じている姿が気になり始めたヴィンセント・スパーノ。80年代に観た「グッド・モーニング・バビロン!」の弟の役だったことにも気づき、再見したり、今少し追っかけている。この映画も彼が出演しているから観た。

シルベスター・スタローンを主役に据えた1931年のシカゴ舞台のかなり緩いマフィアコメディ。「聖バレンタインの虐殺」というセリフが出てくるが、「お熱いのがお好き」の背景になっているあの事件だな。

タイトルロールは写真のようなかわいらしさだし、1930年代のファッション、オペラの音楽(「セビリアの理髪師」)などは品が良く、感じは悪くない。ただ、パンチに欠けている。オペラといえば、「お熱いのがお好き」でもマフィアの別名団体が「イタリアオペラ愛好会」なんだよな。

ヴィンセント・スパーノも男前を活かした会計士役で出番は多いが、今まで観てきた作品の方が輝いているな。

シルベスター・スタローンの父役はカーク・ダグラス。(臨終シーンでの登場。)

スイング・シフト

www.allcinema.net

ゴールディ・ホーンの映画が観たくて借りてみたが・・・ゴールディ・ホーンの姿はかわいらしいのだが、筋にモヤモヤ。日本の真珠湾攻撃エド・ハリス演じる夫が出征、その間に軍需工場で働くホーン、工場の現場主任(カート・ラッセル・・この映画がホーンとの交際のきっかけになったらしい)に猛アタックされ恋人に、しかも夫のふいの帰還の際、夫に気づかれ、そのあとも恋人が寂しさから・・とかいう展開が誰得?という感じでどうにもしっくりこなかった。まじめな役がハマるエド・ハリスが気の毒にみえるし。。最後は悲惨なラストとかではないのだけど、なんだかすっきりしない気分のまま終了。描きたかったのはリアルな苦味?邦画の中でこういうテーマが描かれるとしたらこういう感じにはならないだろうなという文化の違いへの新鮮な思いはある。

日本劇場未公開だったのも、日本が敵として登場、日本の降伏で皆に元通りの生活が・・というシンプルに描けば当然そうなってしまう、あまり日本でウケるとは思えないような時代の設定で、その上すっきりしないストーリー展開なんだから仕方ないかなとも思ってしまった。

心臓疾患で兵役義務から外されたカート・ラッセル演じるラッキーにゴールディ・ホーンが「戦争のことをもっとまじめに考えて(ナチス等と闘うための聖戦にあなたは参加しないでいいのか?)」と問いかけ、沈黙されてしまうあたりは、お題目から零れ落ちざるを得ない人への監督からの視線ともとれたのだけど、兵役に行けないものもつらいんだよということがぼんやり感じられる程度で、だからといってこの展開はなあという気分になってしまう話の運び方だった。クリスティーン・ラーティというゴールディ・ホーンの友人を演じた女優さんが第50回ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞受賞。確かに彼女の演技はしっかりしていた。

カート・ラッセル、「デス・プルーフグラインドハウス」の嫌な男役であったか!と後で気が付き、苦笑い。

逃げた女

 

韓国のロメールとの評判をきいていたホン・サンス作品をはじめて観た。ほんとにお隣さん感覚の映画。荻上直子監督の作品世界のような姿でありながら、問題投げっぱなしでこっちに波紋を残す楽しさ。意識的なズームは小津安二郎監督作品を観ている時のような気持ちにもなる。韓国映画を観ている時の、似ているけれど違うこの感覚楽しいし、韓国映画には予定調和でない力強いものを感じ、もっと観たくなる。

犬王

inuoh-anime.com

一足早く観に行った方々が、音楽に注文をつけておられ、心配しながらの鑑賞だったが、私は満足。

アニメーションスタジオ サイエンスSARUの仕事のすばらしさ、この冬に観ていた「平家物語」のクオリティの高さで実感しており、

「犬王」はストーリー的にも平家の話とつながっており、自分は大喜び。

犬王は、近江猿楽比叡座のもとに生まれた異形のもの。

彼と都で出会い、一緒に活動する若き琵琶法師友魚は、元漁師の子で海に沈んだ平家の神器を時の権力者の意向でひきあげる時、父と視力を失う。

孤独な魂がひきあい、二人の行うパフォーマンスは、芸能の本来の起こりを思わすものだ。神がかっており、荒廃した人々を別次元に連れて行ってくれるもの。

この作品の中ではロックの形でそれを表現していて、それに注文がついていたが、自分はトータルとしての画面からさもありなんと思わせる力が感じられ満足がいった。これぞ良き仕事と思える洗練されたアニメーション。解説にビートルズのことが載っていたが、確かにかぶと虫などそれを感じさせる部分あり。

時の為政者の都合により続けられなくなる研鑽というシーンは、非常に現代的。

一番好きなのは鯨のシーン。アニメ「平家物語」の壇之浦の時のいるかの占いからの発展。ダイナミックで哀しく胸を打つ。

ミッシング

 

twitterジャック・レモンの役の冷静さを褒める言葉を拝見し鑑賞。最近ジャック・レモン好いていて、60年代の映画をちょこちょこ観てきたが、そうだったそうだった、後年「チャイナ・シンドローム」(未見だが・・)だとかシリアス路線にも出ておられたなと思い出す。

チリクーデターの話は「特攻要塞都市」*1や「愛と精霊の家」*2で観たことがあるのだが、まだまだちゃんと理解しているとは言い難い。アメリカとのかかわりは今回初めて意識した。

ジャック・レモンはクーデータで行方不明になった息子を探すビジネスマンの役。祖国を信じる姿がつきささる。息子の妻を演じるシシー・スペイシク、意志の強そうな、そして追い詰められ、感情が顔に出る感じ、リアリティがある。

「人生劇場 飛車角と吉良常」、「血槍富士」

 

「人生劇場」、先日観た沢島監督版*1(第一巻のみ)に続き、内田吐夢監督版を。

鶴田浩二が主人公なのは一緒だけど、私にはこちらの方が人間ドラマが感じられ好きだった。こちらのほうが鶴田の情婦のふらふらした感じが良く出ていて話に納得がいった。藤純子が好演。普段はあまり好きでない藤純子だけどこの役は良い。藤純子とつるむ左幸子もさすがの存在感。

沢島監督版には出てこなかった黒馬先生なる登場人物も味がある。こちらの方がすべてに丁寧に描かれていて、評価が高いのもわかる。

ふや町映画タウンの大森さんによると、佐分利信監督の「人生劇場」もなかなか良いという評判らしい。気になる。佐分利信、旺盛な行動力の人だったんだな。

内田吐夢監督のダイナミズムに惚れこみ、続けて観た「血槍富士」。中盤までとてもコミカルで、どうしてこんな禍々しいタイトルがついているのか・・と思わせておいての技あり。「宮本武蔵」ででもだったが、内田監督は、子どもと主人公をうまく絡ませるな。「宮本武蔵」のパートモノクロの原型ここにあり。吐夢監督は満州で苦労されたときいているが、復帰第一作目がこちら。主人公たちの信じている社会の枠組みってなんなんだ、という投げかけは吐夢監督の体験からの心の叫びだと感じる。